皇后陛下と子どもの読書

2013年09月08日

読書は,人生の全てが,決して単純でないことを教えてくれました。私たちは,複雑さに耐えて生きていかなければならないということ。人と人との関係においても。国と国との関係においても。 ーー皇后陛下

皇后陛下(美智子さま)は国際児童図書評議会の1998年の大会で非常に印象的な講演を行われたことがあります(実際、大会には出席なさらずに、朗読なさるビデオが流された)。塾長は、当時都内の塾の教室長になって間もない頃のことでしたが、「複雑さに耐える」という陛下のお言葉に、身震いするような驚きを覚えたものです。あの宮城の中におわすのは、ただ安穏閑と暮らす雲の上の人ではなく、個人として他者や社会との関わりに苦しみながら生きる人間であるということは、感動ですらありました。

ご存じの方も多いかと思うのですが、この講演のテクストは、宮内庁のウェブサイトで全文を閲覧することができます。内容は、自らの人間形成と子供時代の読書体験についてで、具体性に富んで面白く、豊かな感受性に満ちた名文です。小・中学生でも、作文とはこのようにやるものだという範となるものですので、是非皆様一度ご覧になってみてはいかがかと思います。

さて、国語道場では、主に小学生向けに読書指導を行なっているわけですが、そこで久しぶりに、皇后陛下のご講演を読みなおしてみました。すると、以前はあまり子供の読書ということに関心が高くなかったためか見落としていたのですが、陛下は幼少期の読書と、もう少し年かさになった子供時代の読書とを区別されていることに気づきました。

陛下にとって幼少期とは、太平洋戦争末期の疎開生活の前(小学4年生頃)であり、子供時代とはそれからの数年間を指しているようです。それで、幼少期の読書は、子どもの、読みたいという気持ちから始まって、活字に親しむことが大切であると仰っています。そうして身につく「ある程度の読書量に耐える力」が、次の子供時代の読書につながっていくとお考えです。陛下の場合は、それが疎開の時期に当たり、実に豊かな読書経験をされていて、この講演の中心的な話題となっています。

この「ある程度の読書量に耐える力」というお言葉ですが、いわゆる学力にとどまらず、あらゆる問題(勉強だけでなく生きていく上での)に取り組み、前に進んでいく力の中核であると思います。このお言葉を少々乱暴に言い換えれば、「自分の頭で分かるまで読むための集中力や忍耐力」ということができます。子どもたちにとっての多くの問題――ほとんどが学習に関するものですが――は、つまるところこの力が充分でないことに起因するのではないか。例えば、表面的に、数学や英語が苦手のように見えて、実は問題を自分でわかるまで読み解く力が充分でないことが原因であるように思われるのです。してみると、国語の力を育てる学習がいかに大切かということに、改めて思い至るのであります。