本当に大切なことは、本気で子どもにやらせよう
最近は、ひところに比べて、お子さんに習い事を週に5つも6つも7つもやらせている親御さんがまたぞろ増えてきたように感じています。
放っておいたら子どもがゲームをやったり動画をみたりしているだけだから、習いごとを詰め込むというお話を聞いたことがありますが、このような発想はあまり感心できません。スイミングや書道は子どものゲームや動画視聴を邪魔するために存在するものではありません。
私の場合は、自分の子どもにあれもこれも習いごとをさせるという考えは全くありませんでした。娘には、ピアノに関しては、本気で取り組んでほしいと思っていました。なぜかというと、私
クラオタ
だからです。音楽は、人間がその全存在をかけて取り組むに値するものだと思っています。
といっても、ベートーヴェンの父親よろしくスパルタではやっていませんでした。休日に娘の練習を見るときは、気がついたところをどんどんほめていました。
ほめるということは、自分が本当に伝えたいことをぶっ込むときに使えるテクニックでもあります。
たとえば、演奏で、よくないなと思う部分があるとします。そこを指して「ここがダメだ」なんて指摘ばかりしてしまうのは、避けたいものです。
できる限り「先週に比べるとここそこがすごく良くなっているね」とほめられる場所を先に並べてから、「で、ここの部分はこうしたらもっと良くなるんじゃないかな」と本当に伝えたいところをぶっ込むわけです。自分の本音を伝えるときに、「でも」のような逆接語も入れずに、ほめる言葉の後にそのまま本題を言ってしまう感じです。
ただ悪いところを指摘するだけよりも、はるかに子どものほうも機嫌よく聞いてくれることでしょう。
こういうトークテクニックを駆使して子どもとコミュニケーションできるのも、塾という仕事のおかげですね。ありがたいことです。
なんだかんだ、娘も、たいして長くはないかもしれませんが、6年ほどピアノを頑張って続けてくれまして、ショパンやラヴェルの小品を発表会で披露するくらいまで上達しました。ピアノを通して娘と関わることができた時間は、私にとって宝物ですね。
最近は親バッシングみたいなことがはやっているのか、何か子どもの問題が発生すると、「最近の親は~」みたいな感じで批判的な言動を並べる人たちがいますよね。
お前はどうなんだと言いたくもなります。さぞそういう人たちの子育てはうまくいっているのでしょう。いずれにせよ、なかなかに子育てもやりくい世の中になったもんです。
子どもの習い事がいつの間にかたくさんになっちゃったなんていうことはよくあります。そうするとまた、「子どもを親の意のままに操ろうとするな」とか批判が聞こえてきそうです。
でも、まあ、子育てしてみると分かることですが、なんかいつの間にか子どもにやらせることって増えちゃうもんですよね。
そういう失敗は誰にでもあるものなので、気づいたら修正していけばよいことだと思いますね。定期的に習い事は整理整理。どうしてもこれだけは魂入れてやってほしいというもの1つに絞っていければいいんじゃないでしょうか。
実際、人間あれもこれもできるわけないんですよ。私も、高校の時からフルートをやっていますけど、始めてから5・6年たってからですかね、これだという音色になったのは。初心者の時によい師との出会いがなかったというのもありますが、一つのことをそれなりにできるようにすることがどれだけ大変かってことは、私は経験上分かっているつもりです。
国語道場は、いわゆる「習い事」ではありません。子どもたちが生きていく上で絶対に身につけなければならない、勉強の仕方、あらゆることを学ぶための基盤になる力を習得するための場所です。国語道場に通わせるに当たっては、この点保護者の皆様には正しく認識しておいていただきたいと思っております。
国語道場の学びがお子さんに必要なのではないかと気づかれたお母様、お父様、その感覚は間違いありません。国語道場の学びは、身についてもつかなくてもあまり問題ではない「習いごと」とは違います。お子さんにとって欠くことのできない生きる力をはぐくむものです。
どうぞ自信を持って、「ここはお母さん(お父さん)もいいと思うの。だから頑張ってみなさい」と、お子さんに本気で伝えてあげてください。