高専教育の光と影

2022年09月09日

私事ですが、うちの自慢の息子が、今夏、工業高等専門学校(高専)からの編入試験に合格して、来春から都内の国立大学工学部で学ぶことになりました。現在、国語道場の講師の一人として活躍してくれています。

私は文学部哲学科出身で、妻は外国語学部と、両親"ド"のつく文系という家庭環境。彼自身も当初は国際科を志望しておりました。それがいろいろと進路について考えていくうちに、制服もいらない自由な校風に惹かれ、中3の11月になって文転ならぬ、まさかの"理転"。

高専入試の時点では数学よりも国語や英語の成績が相対的に良い、いわゆる文系型で、推薦入試の面接では、面接官から苦手科目を聞かれて「数学です」と答えたそうです。結果は不合格。一般入試で無事合格することができました。

高専のカリキュラムは独特で、当然理数教科は専門性も高く難しいようで、ついていくのは大変そうでした。しょっちゅう夜遅くまで勉強していて、必死で食らいついて行ったようです。

尊敬できる先生方や、先輩・友人との出会いに恵まれたのは幸いでした。高専の学生さんは、よい意味で変わった人が多いと言いますか、自由すぎると言いますか、世間的な道徳観をあまり重要視しない一方で知的好奇心は強いといった感じで、面白い人が多いようです。その点で高専は息子にとって居心地の良い環境であったようです。

学年が2年・3年と進むにつれて、数学や物理が好きだというようになりました。成績も特にその2教科に関するものはよくなっていったのには驚きました。

大学入試が終わり、「高専に行っていなければ理系に進もうなんて考えもしなかったと思うので、高専に行ったのはよかった」と言っておりました。

塾の人間として就中うれしかったのは、彼が独学できる人になったことです。編入試験の準備のために塾や予備校に行くことも勧めたのですが、自分で参考書や問題集を選んだり、大学から過去問を入手したり、勉強の場所として中央図書館の自習室に行ったり、ファーストフード店に行ったり色々と工夫して、けっきょく独学を通しました。

国語道場は、基礎学力と勉強の仕方を身につけさせて、お子さんを自律的に学習できる人に育てることをミッションに掲げています。元塾生の一人である息子がこのようになってくれたことは、無上の喜びです。

そもそも「編入試験」がどういうものなのかご存じない方もいらっしゃるかと思いますので、簡単にご説明しておきます。

大学の編入とは、短大や高専卒業(予定)者や、他の大学で2年生くらいまでの単位を取得した者に対し、大学3年生(または2年生)から入学を認める制度です。

他大学や短大からの編入をオープンに受け付けている大学もあれば、高専生のみを対象にしているところもあります。よって、全体として編入は高専生の方がより多くの枠を持っていることになると思います。

息子は、高専での専門とは全く違う学科を志望したのですが、特に問題なく合格することができました。過去には、経済学部に進学したケースもあるようです。大学進学に際して、高専での専門による縛りはないようです。

また、息子は、第一志望の大学のほかに、地方の都道府県名の付く国立大学からも合格をいただきました。通常の学部入試では、前期・後期にそれぞれ1大学しか受けられませんから、国立大学どうしで併願ができる編入学試験を「お得」だと感じる方もいらっしゃるでしょう。

千葉県内の国立高専である木更津高専の学校案内によりますと、卒業生の約半分が進学しており、うち約6割は国公立大学に編入している(残りは高専の専攻科に進学している)ということです。

卒業生の約3割が国公立大学に現役で進学するというのは、一般的な全日制高校では、最難関校の実績に匹敵するものです。しかし、全国的に見ても国立高専の入学試験時点での難易度は、易しくはありませんが、そこまで高いわけでもありません。例えば木更津高専であれば、総進図書の高校ランキングによると、偏差値60前後です。

これくらいの難易度の千葉県公立高校と言いますと、第1学区では千葉西高校でしょうか。ちなみに、同校のホームページで公開されている情報によりますと、今年度の大学入試で国公立大学の合格者数は、浪人を含めて9名ということです。

誤解のないように申しておきますと、ここで千葉西の進学実績が悪いとディスる意図は毛頭ありません。そもそも普通の高校の進学実績は大学1年次への学部入試のものであり、高専の進学実績は3年次への編入試験のもので、単純に比較できないことをご理解ください。

高専からの国公立大学進学率が高いのは、一つには編入学試験の準備が、学部入試のそれよりも取り組みやすいからかもしれません。周知のとおり、上位国立大学の学部入試では、共通テストで5教科7科目が課されます。理系志望者でも国語や社会を相当勉強しておかなければなりません。方や編入試験では、なんといっても試験科目が少ない。数学・理科・専門科目・英語+面接が課されるところが多いようです。

ただ、編入試験についての情報は極めて少ないのが現実です。学部入試のように模擬試験もありませんし、偏差値ランキングのようなものもありません。出願前に自分の能力に対してどの大学が実力相応なのかといったことは全く分かりません。また、各大学の募集定員は数名ということがほとんどで、高倍率にもなりやすいです。

忘れてならないのは、高専生はよく勉強しているということです。高専の進級制度は厳しく、大学と同様に、成績が悪ければバシバシ留年させられます。留年が多いことは、高専生にとって大変なプレッシャーであることは間違いなく、そのために必死で勉強し、結果として学んだことがよく身についている。そしてそのことが、大学側の高専生の積極採用に繋がっていると言えるかもしれません。

塾の先生方には、高専進学を強く勧める方が多い印象があります。塾において進学指導はとても大切な仕事ですから、進学実績の良い学校=良い学校という考え方になりやすいからでしょう。

私はというと、塾長という立場をいったん離れて、息子が高専に5年間通った経験を持つ親の立場から申しますと、高専への進学は手放しではお勧めできないというのが正直なところです。理由は、学生の自殺率の高さにあります。このことは、息子が高専に入ってから知ったのですが、高専在籍中ずっと不安に感じておりました。

私自身もそうですが、普通の高校を卒業した方ですと、自分の在籍中に同じ学校の生徒が自殺したとか自殺をはかったなどという話は、ほとんど聞いたことがないのではないでしょうか。一方で息子の通っていた高専では、私が知る限り、5年間に自殺したお子さんが2人、寮で自殺をはかり自宅に帰されたというお子さんが1人います。

高専生の自殺の多さについては、実は国会の委員会で取り上げられたことがあります。昨年2021年3月16日の参議院の文教科学委員会で、佐々木さやか議員の質問に対し、文科省の高等教育局長の伯井美徳さんが、2020年度の全国の国立高等専門学校における自殺者数は13名で、全高専生に占める割合は、0.025%であると答弁しています。同時期の大学生の自殺率は0.013%で、高校生が0.01%であることから、佐々木議員は高専生の自殺率は、同年齢の高校生や大学生の2倍であると指摘しています。

「自殺率2倍」というのは、2019年より始まったコロナ禍の中で、一般高校生の自殺が増えた中での比較です。佐々木議員も指摘しているように、高専生の自殺者数は、コロナ禍が始まる以前から毎年十数名で推移しているので、平生の若者の自殺者が少なかったころの高校生や大学生の自殺率と比較すると、高専生の自殺率の比はもっと高くなるはずです。沼津高専の教養科助教授の渡邉志保美氏によると、高専生の自殺率は、同年齢の高校生の実に5倍にあたるということです。

高専生の自殺率が高い原因について、上の伯井氏は特定は困難としながらも、「将来への不安あるいは学業不振などが多い」とし、その背景に「厳しい進級基準等による進級、卒業へのプレッシャー、あるいは高専の先生方、教員の生徒指導に対する経験等の不足、それから、一学科一クラスということで五年間同じクラスで学ぶ場合が多いという高専の学級編制など、高専独自の要因もある」と分析されていると答えています。文科省と高専機構としては、予防のためのアンケート実施、スクールカウンセラーの増置、いじめ防止の取り組み強化を行っているということです。

私としては、この伯井氏の答弁の中の「教員の生徒指導に対する経験等の不足」を掘り下げていく必要があると考えています。

高専の先生方と一般的な高校の先生方とのいちばん大きな違いは、高専の先生方は教諭でなくてよいというところです。つまり、高専の先生は、大学などで教職課程を履修し、教員採用試験を通っている必要がないということです。

高専の先生方は、大学の先生と同様の採用過程で職に就くのが一般的のようです。就職に必要なのは教職資格ではなく、博士号です。ですから、自分の専門分野に秀でた研究者であって、教員としての専門的なトレーニングを受けてきた方々ではないということですね。

このことをもって即高専の先生方が教育者としてダメであるなどとは全く思いませんが、教職課程や教育実習などのトレーニングを受けている一般的な高校の先生に比べて、高専の教員が思春期の若者を導いていくのに必要な経験値が低いところからキャリアをスタートしている可能性が高いことは十分に考えられると思います。

この文章を書くにあたって、昨年2021年度の高専生の自殺者数についての統計データを探したのですが、見つけることができませんでした。どこかに公開されていることをご存じの方がいらっしゃいましたら、教えていただけると幸いです。自殺がゼロになったということであれば大変喜ばしいことですが、それもちょっと信じがたいところがあります。

高専の説明会というと、学校のすばらしい設備や卒業生の輝かしい進路のアピールが中心ですが、自殺率が高いという極めて深刻な実態についてもオープンにして、自殺防止対策の進捗を明らかにしたうえで、学生を募集するべきだろうと考えます。

これから志望校を決めていこうという受験生も多いかと思います。高専は、実際魅力的な選択肢だと思います。しかし、「大学進学実績の良い高校のようなもの」という観点だけで出願を決めるのはおやめになった方がいいかもしれません。お子さんの適性をよくよくお考えになり、学校説明会や体験入学などで疑問点をなくしたうえで、進路を決定されるようお勧めします。